食べること

わたしがコックで乗った遠洋マグロ漁船は、日本を出港したら1年半も2年も帰ることができなかった。荒れ狂う高緯度の海で毎日同じ作業の繰り返し。船員たちの楽しみは食事で、操作中は一日4回食べられる。2升炊きの炊飯器は休むことなく炊き続け、25キロの米が3日でなくなる。
 乗組員22名。彼らの空腹を満たすために、コックは一人で献立を考える。航海が長びけば野菜がきれてくる。トンカツに添えるキャベツが欲しい。冷奴の薬味が欲しい。ゆれる調理場で、限られた食材で、その日の天候を見ながら毎日の食事を作る。
 料理は手を抜こうと思えば、いくらでも抜くことができる。缶詰をただ並べただけ。インスタントラーメンを袋のまま丼に入れ、やかんにお湯を沸かしただけ・・・そんなコックもいる。だか、手をかければかけるだけ船の中は和やかになり、トラブルもなく、漁も上向いてくる。
 ずぶ濡れになった男たちが、自分が作った料理を無心に食べてくれる。食器をさげるとき「うまかったよ」と目でサインをくれる。
 船を降りても調理の仕事を続けたいと思い、船橋に店を構えた。分厚く切った色のいいマグロをドカンと豪快に盛る。
 客席から、ウォッと歓声があがる。でかいマグロのカマ焼に拍手がおきる。
 食は生きる原点であり、料理は人を感動させる力がある。 (2007年2月9日 東京新聞ショッパーより)
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