適水

食堂の黒板に毎日「入レ2時」とか「アゲ13時」などと時間が記される。入レは投縄開始時間で、アゲは揚げ縄時間である。延縄を入れて、揚げて、また入れる。来る日も来る日も同じ作業の繰り返し。漁があるかぎり、荒れ狂う海での作業が休みなく続く。
 2トン、3トンときていたマグロが突然パタッと食わなくなる。150キロの幹縄に仕掛けた3000本の釣針に痩せたマグロがわずか2本、3本。1本のマグロもかからない不漁が続く。
 漁労長は海図をひろげ、過去のデータをめくる。月を見上げ、水温を計り、潮目を見る。マグロは群れをなして回遊する。その大群は散ってしまったと判断した漁労長は、食堂の黒板に「入レズ」と書く。
 マグロは水温で釣るといわれている。水温を計りながら、漁場を移動することを「適水」という。日曜も祝日もなく働き続ける船員たちにとって、適水はありがたい休息の時間である。たまった疲れを一気に挽回するチャンスでもある。ハウスの布団にもぐって、ひたすら眠り続ける。船内は静まり返り、食堂の配膳棚に夕食のおかずが手付かずのまま並んでいる。
 適水は半日走るのか、1日~2日走るのか、漁労長以外、誰も分からない。いつスタンバイが鳴ってもいいように死んだように眠る。寝静まった船内をウロつき、酒を飲み、ラーメンを食べ、テレビをいつまでも見ている船員もいる。長い航海中、スタミナが切れて体調を崩し、飛行機で帰国させられるのは、そんな船員である。
 漁師は寝るのも大事な仕事。寝だめできる船員は仕事もよくできる。船では寝ることを「寝ワッチ(当直)」という。
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