湯の宿   斉藤健次

毎日料理を作り、接客しているとふっと旅に出たくなる。それも温泉がいい。以前はよく、四駆で秘湯を巡った。北アルプスや八ヶ岳の雲上のいで湯に感動した。今は妻と二人で、駅弁を食べながら車窓の風景を楽しむ。そんなのんびりした旅に変わってきた。
 宿は情報誌や旅行社のネットで検索する。風呂、部屋、料理、料金…こちらの希望を絞り込んでいく。とくに宿泊客の書き込みや人気ランキングが参考になる。
 で、露天風呂人気№1の宝川温泉に予約をいれた。上野から上越線特急で2時間。水上駅からバスで30分。利根川の最上流に佇む一軒宿。総桧葉造りの本館、旧館、別館の入り組んだ廊下や太い柱が磨きぬかれ、光り輝いている。
 つり橋を渡って川沿いに歩いていくと、巨石に囲まれた露天風呂が4ヶ所、川べりに並んでいた。大自然に囲まれ、湯船に手足を伸ばすと、身体の芯から疲れが抜けていく。
 そして、いよいよ晩の膳。岩魚の活き造り、山女の炭火焼、たらの芽の天ぷら、猪鍋。山の幸が並び、海のものはひとつもない。地の旬のものをその土地で味わう。これほど贅沢で美味いものはない。
岩魚の骨酒を飲み干すと、五穀米と、名物の熊汁がさっと出た。板前さんのこだわり。配膳係の目配り。高級旅館のお仕着せのサービスではなく、ほっと和むもてなしが伝わってくる。湯上りの酒が心地よく、身も心も熱くなった。
(2007年4月27日、東京新聞ショッパーより)
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