居酒屋は町の財産だ

夕暮れ時、見知らぬ町で何気なく入った居酒屋に驚かされることがある。
路地裏にぽつんと提灯を灯す小さな店。縄のれんをくぐり「いらっしゃい」と威勢のいい掛け声に迎えられてカウンターに腰をおろす。さっと熱いおしぼりが出て、手を拭きながら店内を眺める。壁一面に張られたこだわりのお品書き。旬の魚を中心とした肴。選び抜いた地酒と焼酎。どれも納得いく値段で主人のこだわりが伝わってくる。
一日の仕事を終えた勤め人に「お帰り」とおかみさんが笑顔で迎える。現役を退いたご近所衆がゴルフのスコアカードをひろげ、盛り上がっている。客と店があいまって生み出した活気が溢れかえっている。みんな元気に呑んで食べて笑っている。
調理場から立ち上る焼き魚の煙と匂い。何ともここにいるだけで幸福感がじわりと心の奥から湧き上がってくる。こんな店が近所にあるなんてこの土地の人は何と幸せか。
居酒屋は高級な料理を出すべきではないと思う。手間をかけ心が入ったさりげない肴が何よりもうれしい。小さなグラス一杯で1500円もする大吟醸なんてとんでもない。懐具合を気にしなくても気軽に通える店。ちょっと頑固そうな主人と、優しそうなおかみさんと、常連たちが長い年月をかけて作りあげてきたいぶし銀のような店。
最近、こうした居酒屋が長引く不況と後継者難などの理由で店じまいしている。それに代わって改造してオープンした店はどこも調理場は奥に引っ込み、小じゃれたカフェー風になってしまった。駅前は居酒屋チェーンが乱立し、安い料理と飲み放題で客を奪い合っている。人情酒場の灯が消え、町の財産が一つ一つ失っていくようで悲しい。