今夜も赤ちょうちん  鈴木琢磨

海の男のマグロ尽くし

 さあ、明日の原稿も書き上がった。飲みに行くぞ!時計を見ればまだ5時、いいかげんにしてくださいよ、と言いたげな後輩の視線、居酒屋バカは見逃さなかったね。新聞記者がパソコンにへばりついてどうする、♪芸のためなら女房も泣かすだ、と妙チキリンな理由で連れ出した。
 で、今夜は千葉は船橋、東葉高速鉄道北習志野駅から10分ばかりの「炊屋」へ。これで「かしきや」と読む。ご主人、斎藤健次さんはかつて遠洋マグロ船に乗っていた。南極おろし吹きすさぶ漁場で3航海、コック長として海の男たちの胃袋を満たしてきた。彼は「かしき」と呼ばれた。その体験を記した「まぐろ土佐船」は小学館ノンフィクション大賞に輝いた。
 さて、壁一面の品書きは文字通り、マグロ尽くし。皮ポン酢、ホオ肉の刺身、アゴ肉のスペアリブ…、2人して片っ端から平らげた。生ビールをガンガンやりながらの食いっぷり、後輩が頼もしく見えるじゃないか。お勧めはマグロ船の賄い料理、マヨネーズあえ。一瞬ぎょっとするものの、これが病みつきになる味。薄くスライスした赤身にしょうゆ、わさびを加えてかるくもみ、しばらく置いてマヨネーズであえている。
 酔っぱらったせいか、波の音が聞こえ、海のにおいがする。鳥羽一郎さんの色紙があった。〈海よ、海よ〉。いい字だな。「市場では日本船でとったのを回してくれって言ってるんです。冷凍技術がしっかりしているし、扱いが丁寧ですから」。だから、うまいのか。世界的なマグロブームで、マグロが食卓にのぼらなくなる日が来るなんてニュースがあった。赤ちょうちんの主役でもある。消えてもらっちゃ、困る。許すな乱獲!守れ!マグロ。
(毎日新聞2007年7月3日夕刊掲載)
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