シャチ回し

「近頃、マグロの腹には、可哀想なくらい何も入っていない」と、マグロ漁師からよく聞かされる。エサがなく、痩せて、脂がない。その原因のひとつがクジラだという。捕鯨反対で年々増え過ぎ、水平線がクジラで真っ黒になることもある。ミンククジラを例にとれば捕鯨禁止前の 10倍で、そのクジラが食べる魚の量は3億トンから5億トン。人間が漁業で獲る魚の3倍から6倍に上るとまでいわれている。
 そのクジラの天敵がシャチである。成長すると体長が9mにも達し、高く突き出た背ビレが3m近くにもなる。シャチは「人喰いクジラ」と呼ばれるほど獰猛な生物で、巨大なナガスクジラさえ襲って食べる。調査船の報告では、体長7mのシャチの胃袋から、13頭のイルカと14頭のアザラシが確認され、海の殺し屋として恐れられてきた。
マグロ漁船でも、赤道近くでよくシャチの被害にあったが、高緯度の海域ではシャチの姿が見えても被害はほとんどなかった。むしろ、近くでシャチをみかけるとよくマグロが釣れることが多かった。シャチに追われて錯乱状態に陥ったマグロが、次々と延縄の仕掛けにかかっていく。ところが、そのシャチもエサ不足からかマグロの味を覚え、どの海域でも釣針にかかったマグロを襲うようになった。
 シャチは人間の3倍以上の頭脳をもっているといわれるほど賢い。マグロ船にピッタリついて、縄を伝わって釣針にかかったマグロを次々と食い荒らす。さらにUターンして、新しく掛かった獲物を狙う。シャチは釣針を知っているので、自分が掛からないように頭だけを残して全部食い尽くしてしまう。
 ちょっと余談になるが、航海中に艫で麻雀をやることがある(船にもよるが)。早く勝負がつくように3人打ちで、船が傾くので毛布を敷いて、麻雀パイを伏せてやる。
船では「ロン!シャチ回し」という上がり手がある。チートイツ、ニコニコのこと。そのココロは、頭だけ…。
 その「シャチ回し」というのは、船がシャチに狙われたとき、縄を半分入れてラジオブイをつけて漁具を切り離す。シャチをその縄に誘導しておいて、しばらく船を走らせ残った縄を入れる。シャチに追われて逃げてきたマグロを、その半分の縄で捕獲しようという作戦。マグロ漁は、人間とシャチとの知恵比べでもある。
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