カシキ

マグロ漁船がまだ木造船だったころは航海も早く、見習い船員はメシ炊きから叩きあげられた。このメシ炊きのことを「カシキ」といい、古い船員たちは皆カシキの経験がある。だから漁師は料理が上手い。マグロのハラワタで簡単に酒の肴を2~3品作ってしまう。延縄にかかったマンボウだって海ガメだって実にうまく料理する。
 遠洋マグロ漁船は船の近代化とともに航海が長くなり、専属のコックが乗務するようになった。コック長とか司厨長と呼ばれるが、一人で20数名の乗組員の賄いをこさなければならない。航海中は3食、操業中は4食。シケで縄がもつれたり、切れたりすればさらにもう1食。食器を洗い、食堂を掃除して、米をとぎ、また調理にかかる。
 職場は暴風圏。蛇口をひねると水が斜めに流れ、野菜を切っていると、だんだん前のめりになり、しばらくすると反りかえる。だから、滑らないように調理場に毛布を敷き、鍋、炊飯器、ヤカン、は飛ばないように、がっちりと固定されている。
 食堂のテーブルには濡れたバスタオルを敷いて、調味料は木ワクの中に。船員たちは、波のリズムにあわせて食事をする。おかずを飛ばされたら、その人間のおかずはない。船が傾く前にパッとおかずの皿をつかむ。
 揚げ縄作業が延々15時間にもおよぶ。コックは船員たちの胃袋を満たさなくてはならない。煮込みうどんに丼めしは当然。カツ丼をおかずに、めしを食べる者もいる。カレーは自分で盛り放題。焼肉は大量の肉をドンと盛り上げる。外地で補給した肉は硬いのでステーキよりも、ビーフシチューやスジ肉の味噌煮などにしてトロトロに煮込んだほうが美味い。いろいろ、手の込んだレストラン風の料理よりも、じゃがいもの煮ころがしや、イカ大根、アラ炊きのような家庭料理が喜ばれる。
コックは献立表を作って、その通りに調理をこなしていけばいいのだが、それがワンパターンになって「晩めしはハンバーグだ」と船員たちに手の内を見透かされるのはまずい。「今日は何だろう?」という期待感が最高の味付けであり、寒いときはぐつぐつ煮込んだ熱いものを、赤道直下の暑いときは、氷をたっぷりいれたソーメンや冷奴が何よりのご馳走だろう。
毎日、毎日、海と空だけの世界。変化といえば食事だけ。沖では食べることと、寝ることしか楽しみがないと船員たちはいう。仕事のできる人間ほど、よく食べて、よく眠る。
 (2007年 6月7日)
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