釣バリが空から飛んでくる

 ミナミマグロの漁期は5月から9月。南半球は極寒の真冬である。太陽はかくれ、いつも鉛色の空と白く泡立つ海。

 ビルの5階建てはあろうかというほど高波が巻き込むように吠えながら追ってくる。複数の波がぶつかってできる三角波が船首で爆発する。船は木の葉のように波に乗り、まるでジェットコースターのようにドスンと突きおとされる。横からも波がきて、30度40度に船が傾く。マグロを取り込むためにえぐられた舷門から海水がドッドッとなだれ込んでくる。

 船が傾くたびに船にしがみついていたら仕事にならない。足を踏んばり、腰でバランスをとりながら縄をたぐっていく。甲板で揚げ縄作業している船員たちに襲いかかる波は見えない。だからブリッジで舵を握っている船長や甲板長が波に注意を払いながら、危険だと思ったら「非常ベル」を押す。そのベルを合図に船員たちは作業を止めて屋根のあるオモテに逃げ込む。その直後にドーンと波にのみ込まれ、船の体勢がもどったら再び作業を続ける。

 夜になるとさらに冷え込んで、甲板をミゾレが叩きつける。合羽の下にはドンゴロスという防寒用の厚いトックリを着込み毛糸の靴下を何枚も重ね、炊事用のゴム手袋の上に軍手をはめる。それでも寒さで、手はかじかみドラム缶で沸かしたお湯の中に手を突っ込みながら漁を続ける。強風にあおられて、釣バリが凧のように空から飛んでくることがある。揚縄中、この釣バリによる事故やケガが絶えない。新人は先輩たちから「縄を踏むな!」「縄を手に巻くな!」と口やかましく注意される。縄が団子のようにもつれて揚ってくれば、すぐに釣バリを切る、もしその縄にマグロがかかっていれば、急にマグロが走り出し縄が身体にまきついて海にもっていかれることがあるからだ。

 釣バリが腕に刺さったり、死んだと思ったサメに噛まれたり、マグロ漁には危険がつきまとう。船には麻酔や医療器具もなければ医者もいなく、皆でケガ人を押さえつけて傷口を縫うしかない。ケガ人や病人が出ればそれだけ他の船員たちに負担がかかり戦力が落ちる。だが、どんな海が荒れようが、ケガ人、病人がいようがマグロ漁は休むことはない。「オチナギ」といってマグロはシケた海でよくかかるからだ。だからつい無理して海難事故が絶えない。数多くある漁船のなかでいちばん過酷なのはおそらく遠洋マグロ漁船だろう。

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